| Q.最近静功をすると子供のころの記憶が蘇ってきて、人格の再構築をしているといった感じです。 |
| A. 子供期の記憶だけではなく、嬰児期の記憶が蘇ったケースも私たちの教室にある。なお、胎児期の記憶を蘇った報道もある。そして、前世の記憶を蘇ったという人もいる。もし、生と死という生命の断絶の間に、もっとも深い意識の糸がつながっているような連続の局面があるとすれば、意識を深層へと導く気功の練習を通して、何かを蘇らせたのも自然のことと思う。
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| Q.精神分裂と気の関係について考えて見ますと、狂気とは気の理論と比べると、はるかに荒々しく、経絡に流れることのできるエネルギー以上のものが、経絡なんかとは関係なく頭部まで上がってしまった、いわば気の暴発現象なのでは、と考えるようになりました。
その結果、上実下虚となり頭の中で考えることができなくなる。そしてそうなる過程で中丹田、上丹田が成功する前に傷ついてしまう。そのために気を動かすことは、傷めた経絡に負荷をかけてしまう。つまり精神分裂に気功が禁忌というはそういうことなのではと、考えています。 |
| A.中医学では、精神病を「癲」・「狂」という二つのタイプに分けている。
なお、気功から見れば、「走火」(=気の流れの乱れ)及び「入魔」(=意識の非正常状態)と分けているもちろん、二種類のタイプは常に交錯してしる。従来、気功に対して精神病が禁忌になっているのは二つの理由からきている。
1)気功は意識の能動性を発揮する段錬で、意識の運用は最も中心的位置を占めている。しかし、精神病患者は意識の正確の運用ができない。
2)気功は潜在能力の開発に大きな効果がある。しかし、それとともにいままで発作してない遺伝性の精神病を誘発する恐れがある。
私の考えでは、医者や看護士の指導のもとで、イメージや想像などの内容を取り除いた気功の動功を中心に、一種の呼吸体操として行えばよいと思う。
●●さんが教えたように、意識の混乱はいずれも気の流れの乱れに伴うもので、普通の体操よりも、気功のほうが気の流れを整える。これは自己練習のケースである。そして、どういう音楽を使うか、養生の一環として飲食、環境などをどう整えるかなど、研究すべき課題が多く残っている。そして、研究に値するのは、気功治療のことである。一指禅功は確かに精神病患者によい治療効果を挙げたいくつかの症例がある。自己治癒について、これから、条件があればぜひ一緒に研究してください。 |
| Q:武術と気功の関係について |
A.両者はともに心身相互関係に関する分野として、共通性を持っています。
ただし、武術は主に動功を中心として、靜功が重視されてない傾向があります。動功は、エネルギーの消耗であり、静功は、エネルギーの蓄積でありますので、動ばかり練習すると、年とともに体力が衰えていくのも当然の結果となります。なぜならば、動静という陰陽のバランスが崩れているからです。
心身関連の分野では、意識(こころ)――気(エネルギー)――力(体)という三者関係に具体的に表しています。養生を主とする気功にとって、意識――気の相関関係を直接的に表し、その伝達通路は経絡であります。そして、技撃(格闘)を当面の目的としての武術は、意識――力の相関関係をより重視しています。その伝達通路は神経です。武術(太極拳も含めて)は決して気その要素が含まれてないではないですが、少なくとも潜在的であり、顕在的には、無視しても差し支えません。 |
| Q:茶道・座禅と気功の関係とは |
A.茶道と座禅は、靜功の要素が含まれています。
そして、靜功といっても、やはり心身両面の課題があり、つまり、心と体の関係を切り離して、意識=精神面のみ追求するか、それとも意識(こころ)――気(体)をひとつの統一体として把握するか、という問題が出てきます。
一般的にいうと、日本の茶道であれ、座禅であれ、いずれも精神面のみ追求する傾向があり、とくに、内気を鍛える方法が欠けており、あるいは、はじめからそれを無視しています。 |
| Q:気で人を飛ばすとは?
Q:気功法で人を飛ばしたりできますか? |
A.第一に、この類の技は、武術としての価値は限りなくゼロに近いです。
第二に、たとえ初心者でも、コツさえわかれば、十分間でこの技をマスターできます。
(もちろん、これを以って商売している人がいる限り、私はこれを教えるわけにはいかないですが)
第三に、だからといって、この飛ばす現象を研究する価値がないではありません。
こうした研究を通して、心理学、暗示、内気、外気、神経反射、脳波など、さまざまな心身関連の複雑な現象に対する認識がいっそう深くなるに違いありません。
A.一定の条件の下でこれは可能です。ただし、これは気功の目的でもなければ、武道としての実用性もさほどないのです。
正統の気功流派にとって、こういう質問を出す弟子をただちに破門してしまうこともあります。
なぜならば、気功はこころと身体のバランスを取り戻すための健康法であり、生き物と自然をこよなく愛し、人を生かす仁術であります。エゴの自己顕示慾を満たすためのショーではないのです。
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| Q:気は神秘的であるか |
| A.これは、そうではないようです。天気、呼吸、風、体温、空気などなど、いずれも気であり、きわめて日常的であります。
神秘的何かを求めるのではなく、日常的な生活・養生・仕事・家庭生活を通して、気功の修行を行うのが、唯一の正しい道です。 |
| Q:なかなか「いい加減」というのが難しい気がします。それだけ現代人は緊張して生活しているのでしょうか |
| A.いいかげんは、私が無為=作為性を無くす、に対しての現代版訳語です。
現代社会は、ともかく頑張ること(=作為的)の価値のみを強調し、それが欲を生み出し争いを起こし、地球も人類自身も駄目になっていくのではないか。 |
| Q:気のせいか6日以来食欲が益々出てきた感じがします。また、患者さんの体臭に敏感になる等何か自分に変化が起きているようですが、こういったこともあるのでしょうか |
| A.脾経の動きが良くなった証拠です。脾経は五行の土に属します。五行の相生関係から言えば、火は能く土を生かす、ということになります。そして、患者の体臭を敏感になったのは、肺経の気が通っているからです。肺は五行の金に属しています。五行の相生から言えば、火は土を生かして、土は金を生み出す、といった関係です。 |
| Q:気功の練習を始めてから、昔に骨折した部位が疼いたりしているのはなぜですか |
| A.気は患部を攻撃している証拠。骨折した場所は気が通り難いゆえんに痛む。
「痛則不通・通則不痛」(痛ければ即ち気が通せず、気が通れば、即ち痛からず) |
| Q:気功に向き不向きはありますか? |
A.気功の思想の根底には、「万物同源」の考えがある。
つまり、万事万物の差異性は表面的なものにすぎず、その根元は一つであり、共通性を持っている。人間も然りである。この考え方により、人間は国籍・民族・文化・教育・年齢・体質・病状・性格などの区別こそあるが、すべて同じの人間であり、気功に向き不向きがない。そして、具体的応用のレベルからいうと、特定の体質・病状・性格などに応じてのさまざまな練習法がある。これは「弁証施功」と呼ばれる方法である。「弁証施功」とは、中医学の「弁証施治」(中医学の基本で、臨床における理法方薬の運用である)の原理と気功法の実践を結び付けてうちだされる方法であり、指導者は常に練習者の状況に応じて「弁証施功」の原理にしたがってトレーニングのメニューを与えているのであれば、不向きということがないと思います。
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