| オンライン気功講座 廖赤陽教授と廖萃萃先生の話(03.12.6 師範研修コース) 気功を教え始めると、教え方を考えたりして、自分の静功がかえってうまくいけなくなることがある。あるいは、教室に初心者や体の弱い方が入ると、自分の気を取られてしまい、すごく疲れる、複数の師範がこのような悩みを持っている。 気功の施術や教えだけではなく、どんな仕事でも、必ずそれなりの煩悩、ストレス、トラプルがともなうものである。それを乗り越えること自体、よい気功の練習となる。「煩悩はすなわち菩提」ということばは、まさにこれを言っている。 通常、気功の本、宗教の本、精神世界の本を開くと、必ずというほど、「エゴを捨てなさい、我を乗り越えなさい、人のために生きなさい」、などのことが書いてある。これは、もとからいえば、正しい説教である。しかし、こういうことを実践して、ストレスがたまってしまい、心身状況がおかしくなるケースもよく見られることである。 この問題点は、自他を対立するカテゴリーとして捉えていることにある。たとえば、ある疾患を持つ人を見て、かわいそうと思って、気功の教室に誘った。その目的は、いうまでもなくその人を助けるためであった。しかし、だれか助けてあげるのか、これは、ほかではなく
私 である。「私が助けてあげる」。意識の表では、エゴがなく、人のためであるが、意識の深層には、なんとなく「我」が潜んでいる。これは、人を助ければ助けるほど自分がストレスたまってくる主な原因のひとつとなる。 |
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