|
|
気功師範養成コースを終了して(修了レポート)
-------今後の中医との関わり方を考える--------
2004年春期生 小野田
2004年 5月から 6ヶ月間 ,6人の仲間と共に学びが始まった。皆「無為気功」かかわりを持って3〜1O年以上のベテラン揃いである。
自分はこのコースが開催される直前に「胸膜炎を併発し,体が未回復のままでく講義を開いてきているが聴いて居ない」頭はボーとして霞がかかっている感じで路上を歩いて居るのだが,足は地に着いておらず「ふぁフア」という感じで・・・・・・・坂を上りきれず,脳への血流が行き渡らず思考力「O」の有様での受講開始でした。その影響を研修修了時点まで引きずることになり不本意な6カ月だったと反省しています。従って宿題の回答も支離滅裂、5年間の練習及び研修に参加して「理解していた」と思っていた事がまったく回答が出来ない状態に陥ってしまったのである。
「気功その思想と実践」を読み返すほどに感触として解るが,自分の体で感じた答えが解らなくなっていく感じである(具体的に表現できない)。この事はイコール「解っていない」事なのである。「気功その思想と実践」を読み返す程に混迷の森の中に彷徨って行く・・・・・特に陰と陽・半陰半陽についての理解は先生の回答の説明を聞き、ようやく納得し胸に「ストン」と収まった。“陰"と“陽"は一つ物の中で互いに対立し,旦,総合関係でもある 1つの中に両面性が有る。この事は,ほとんど毎回教室参加の折に赤陽先生から聞き及んで「解っていた」積りになっていたのであるが,即ちレポートに反映できるまでの総合理解が出来ていなかったと言うことを痛感し認識させられたのであります。
遊龍功についても各節解っていた積りで,体の隅々まで浸透していない実態を思い知らされた。ここで得た事は基本の「気功その思想と実践」をもう一度と言わず何度も繰り返し読み
練習を重ねるほかに無いことを思い知らされた6カ月間であった。
経絡学説,気穴の関係も1昨年曲がりなりにも予習,復習をし,習得出来たと思っていたのに毎日の様に反復練習していないと,技術も理論も"霞の彼方“に後退している実態に,年齢的
衰えを理由にいてはいけないが自分の年齢と知力の限界を見た思いがする。
しかしアウトロックな見方ばかりの1年では無かった 12月に「人体の不思議展」を見て4O年来の職業的知識をビジュアルに,つぶさに再認識し見学出来た事で,受講時の動機と目的を思い起し今まで学んで来た知識の理解が一層深まったと実感できた事もその一つである。
2つ目は西洋医学左中医接点有用活用についてである。西洋医学と中医医学の相違点接点は書物や講義の中で列記されているが ,病気の成り立ちや治療へのアプローチの仕方に相違点が有るが,どちらも医学的知識を相照らし合わせ適切に使い分けるならば「人の病」を癒し治す原理は大きく乖離する物ではない様に思う。
ただ今の段階ではどちらの医学も充分に相互理解し得ていない状況で、その接点の一部分については少し理解できているが,有効活用の域には程遠い段階である。この事は今後も息長く西洋医学的知識を駆使し中医の理論と裏付けを確かな物とし活用し
合って行く努力が必要で有ると思う口。
今後は,出来る範囲で中医について学びの機会を深めながら,自分なりの合致点を見出し、自己及び他者の“体のバランス"を保つ事又自己の体の調整カを高めるための継続学習を続けて行く事を再度認識させられました。
その実現のためには今これから,勉強が始まるのです。今レポートを書いていると「受講に当り・・・・・」の時点から表面上は一向に進歩していない様で有るが、学びの中で得た事として,中医の知識や技術は勿論で有るが根源的認識として,「心」の問題,意識の問題が非常に重要であるという事が上げられる。
人間として健全な思想、と行動を伴った,日夜欠く事の無い研鎖を継続し続ける事継続し続ける事、勿論個体の持つ特性もあるが、広範な知識と健全な思想と人間性が関われるのである。
幸いにして「無為気功」・・・(横浜教室しか知らないが )の関係者は,中国におられる劉先生はじめ教室の諸先生、教室に参加している大半の方々は,穏やかで勤勉、人間性豊かな方々が多いので,教室への参加が楽しくて!とまでは行かないが“参加したくない!“という雰囲気にはならないので救われる思いがする。今後も気功を継続してライフプランの一部として活用して行こうという心構えが出来た。
この教室の中で自分自身何が出来るのか?自分が役立つ事があるならば,より深く研鍍し知識を深め、人間性の厚みが加わるよう“心を磨く"そのための見聞を広めて行きたい。
まず 2OO5年の年間目標として自己の健康管理体力増進の為に教室及び自己の練習時,遊龍功の一節毎に主な経絡・ツボ及びポイントをしっかりと意識し練習する事、即ち気功の基本を忠実に日々新たな気持ちで継続して行う事である。
又日常生活の中でかかわりのある人々のよき相談者になれる様西洋医学,中医の勉学を深めて行く事である。
勿論 , 中医学についての勉学は始から学び直さなければならないと思うが・・・・・・
年齢的にも,体力的にも無為気功で、の営業行為を行う事は考えていない。
むしろ,今現在自分の生活の中で,ボランテア的存在として周囲から“カウンセリング"的助言を求められる場面が多いように思うのでそのような状況下で,従来からの知識・技術を活用し,洞察力,判断力を駆使し,問題の過程及び,問題解決の為に真剣に対峙する時に活かして行けるのではないかと考える。
=もどる=
=メインページに戻る=
|