| 〜比叡山合宿〜
1、合宿の概況
2、合宿の写真
3、 合宿参加者たちの声(体験談・感想)
尼崎・宝塚・名古屋の教室の人達が集う、初めての一泊合同合宿を9月10・11日に、本部より赤陽先生を迎えて行いました。一昨年、翠翠先生を迎えて行った全体講習会以来の合同講習会です。参加者は20名、場所は比叡山です。
合宿の候補地はいくつかあったのですが、各地から行きやすく、費用があまり掛からない所、そして秋は山に登るのが良いとの事なので、山の気が良く、宿泊でき、さわがしくない所と考え、比叡山としました。
比叡山。京都と滋賀にまたがる比良連峰等の山並の中央に位置し、眼下に琵琶湖がながめられます。古代には神の宿る山とあがめられ、又、死者の霊を祭った山でもあると伝えられてします。平安時代、都が京都に定められると、平安京の東北の鬼門を守る為、伝教大師・最澄により天台宗延暦寺が建立されました(伝教大師・最澄は弘法大師・空海と同じ船団で唐に渡った僧です。)1200年前です。現在 高野山とともに世界遺産に登録されています。延暦寺は東塔・西塔・横川の三塔に分かれており、私達は国宝・根本中堂のある東塔内の宿坊に泊まりました。
話を合宿に戻しましょう。10日、赤陽先生と京都駅で合流し、滋賀県側の坂本(ここは最澄誕生の地であり、延暦寺の門前町です)側よりケーブルで登りました。
最終の集合地点に午後2時に集まり、午後3時から赤陽先生の講義鍵『気功と風水』が始まりました。大地の気脈の流れを研究し、それに基づいて、住居や都市、墓を作るときに場所や方角の吉凶を判断する術が『風水』。そして、その「風水」と「気功」が共通の理論基盤をもっている、その一つが整体論であり、整体論の二本の柱が「天人合一」と「心身合一」。
気功・中医学から見た人間像として「気」「血」「経絡」「経穴(ツボ)」を説明され、それが大地に写し出されると、気=風、血=水、経絡=気脈・龍脈、経穴(ツボ)=龍穴、となる。又、「龍」(龍脈):地勢や山脈の形状。「穴」(龍穴):生気のたまる所。「砂」:龍穴周囲の地形。「水」:川や湖沼の位置や形。陰陽五行の関り等々、写真や図を写し、実際にイスに座っての静功や太極拳を行って、わかり易くお話していただきました。
その後、各自部屋に落ちつき、6時半の夕食迄思い思いに休息していただこうと思ったのですが、赤陽先生から治療を始めてもよいと提案があり、順次治療をしました。
夕食は団体限定の中華風精進料理を三つのテーブルに分かれていただきました。ゆばや生麩を肉や魚に見たてた料理でした。先生に気を入れていただいたお酒は「まろやかだった」そうです。食後も、治療の続きをしていただいたり、参加者の質問に答えていただいたりと、赤陽先生は大車輪でした。大浴場は琵琶湖が見わたせ、夜、私の入った時には町の灯りがともり、きれいでした。
翌朝は6時起床なので、夜の気功には誰も集まらないのではと思っていましたが、3名の方が集まられたので、30分程静功をして解散しました。
11日早朝、さすがにお寺の朝は早く、私がロビーで座っていると、5時すぎに、どこかのお寺から来られて宿泊された団体の方達が、掃除道具を持って出かけられました。
私達は6時15分過ぎから1時間ほど歩きました。衣服を濡らすほどの朝霧の道を、急勾配の階段を昇り降りしたり、お堂を廻ったり・・・。朝の勤行に参加した人達もいました。朝食は、品数も多かったのですが、「おいしい」と皆がおかわりをしましたので、大きなお櫃がカラになっていました。食後1時間少々、半数ほどが朝の治療をうけました。10時すぎチックアウト後、現地解散。天気は曇り。
2名は用事があって帰りましたが、他の人達は赤陽先生と共に山歩きをしました。東塔から西塔迄約1km20分と書かれていた坂道・階段道を、子供たちは花をつんだり、虫をさがしたり、大人も各堂をながめたりとゆっくりと釈迦堂まで、40分程かけて歩きました。延暦寺に登ってくる観光バスは山裾のゲートが10時迄開かないので、誰も通っていません。(これが比叡山を選んだ理由の一つでもあったのですが)釈迦堂では、お堂の階段等に座り、静功する人、眠る人、けしきを見る人。子供は駆けていました。30分程ボーとしていると他のグループが来られるようになったので、写真をとって、東塔に戻りました。
戻った頃には昼をすぎていたので、昼食をすませ、今度こそ現地解散しました。私たちが坂本に降り、電車に乗った後、雨が降り出したようです。
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